6月に公表される出生率とそれに対する報道に関する予測

(掛谷英紀著,平成16年5月10日発表)


予測内容:

平成16年6月に厚生労働省が公表する予定の人口動態統計月報年計(概数)において、平成15年度の合計特殊出生率は前年度以下になるであろう。今年は保育所の充実による少子化解消を目指し平成12年度から実施されている新エンゼルプランの最終年にあたり、来年度以降の政策決定上重要な年となる。もし、昨年度も少子化に歯止めがかかっていなかったとすれば、新エンゼルプランの間、出生率は一貫して低下していることになり、来年度以降公的保育推進政策を継続する根拠が大きく揺らぐことになる。にもかかわらず、ほとんどのマスメディアはこの点については一切触れず、一部のマスメディアはこの期に及んでも少子化の進行は国の保育支援が不十分なことが原因であるという報道を続けるであろう。

予測の根拠:

 まず、出生率についての予測の根拠を述べる。出生に関するデータは、年度別データとしてに発表される出生率以外に、毎年正月に前年1〜10月のデータをもとに人口動態統計の年間推計が公表されており、この数値はその年度の出生率を算出する上で使う出生数と半分以上の重なりがあることから、出生率予測に大いに参考になる。今年はじめに公表された昨年の年間推計出生数は112万1千人で、一昨年の115万6千人をかなり下回っている。11月以降今年の3月まで、年度の残り5ヶ月で挽回しても、出生率が前年度を上回るまでに出生数が増加している可能性は極めて低い。以上の論拠により、本稿は6月に発表される昨年度の出生率が前年度以下になると予測する。

 次にマスコミ報道についてであるが、今までの報道が保育所推進でほぼ横並びであったことから、これが簡単に修正されることがないことは簡単に予想がつく。公的保育支援拡大を推進する今までの報道は、視聴率や売り上げ部数の向上を狙ったものというよりは、記者自らの利便やイデオロギーを動機としている面が大きい。新聞社でも、育児支援などの記事は女性記者が書いていることが多く、保育に関する公的支援の増大は記者自身にとっての利益になる場合が多い。また、新聞社で社会面を担当する記者は大学で社会学を専攻した人が多い。社会学科や社会学部において、実証主義的な研究を行っている研究者も多少はいるものの、最近は社会主義イデオロギーやフェミニズムイデオロギーを教育や政治の場に持ち込むことを意図して大学教員の職についている者も少なくない。保育所増設に見られる育児の社会化は、それらのイデオロギーが目指すものと一致するため、イデオロギー教育を受けた記者たちが簡単にそのイデオロギーに反する報道をする可能性は低い。

 もちろん、北朝鮮に対する報道が2002年9月を境に180度転換したように、世論の動向次第では視聴率向上を狙ってマスコミ報道が転換することはある。今年は、厚生労働省が推し進めてきた新エンゼルプラン(http://www1.mhlw.go.jp/topics/syousika/tp0816-3_18.html)の最終年にあたる。このプランに明示的に謳われているように、これは少子化対策として行われた政策である。にもかかわらず、この政策が開始されて以降も出生率は低下の一途をたどっている。であるから、厚生労働省の政策失敗を追及する記事を書くことで、視聴率や発行部数を稼げる政府批判報道のパターンに持ち込める可能性は高い。しかし、拉致問題が北朝鮮政府によるものである可能性が濃厚であった段階でも、多くのマスコミはそれが北朝鮮によるものであることを否定する立場で報道を続けていたことを考えると、よほど大きな事件や異変を経ない限りは、イデオロギーに基づく報道は修正されない傾向にある。

 マスコミ各社がどのような報道スタンスをとるかについては、次のような簡単なモデルをたてることができる。このモデルは、マスコミは組織であってもそれを担っているのは人であり、それらの人々の利益を最大化するように報道がなされるという仮定に基づく。この仮定に基づくと、

という関係式において、(A)を黒字方向に最大化するような報道が選択されることになる。このモデルは、あくまでもモデルではあるが、過去の報道の傾向を説明する力は十分ある。たとえば、逆進性(低所得者層に不利で高所得者層に有利)を根拠に消費税の導入や税率アップに反対しながら、高所得者層に有利な所得税最高税率引き下げを黙認した報道姿勢は、論理的一貫性は全くないが、ともに(A)を最大化する効果をもつ。すなわち、(B)と(C)の利益の大きさを比較した場合、前者では(B)の効果が大きく、後者では記者たちが減税の恩恵を直接受ける高所得者層に属することから(C)の効果が(B)の効果に勝る。このように、消費税に対するマスコミの報道姿勢はここで示したモデルで完全に説明できる。新エンゼルプランの場合も、現時点で(B)と(C)を比較した場合、記者個人としては(B)の利益より(C)の利益が大きい状態にある。そのため、このモデルに基づけば、保育所利権を後押しし続ける選択肢をとるマスコミが圧倒的に大きく、新エンゼルプランの失敗を批難する記事を見ることはないと予想される。

 そればかりか、一部のマスコミでは、(C)の利益の更なる拡大を目指すため、少子化の進行は政府の保育支援政策が不十分であるからだという従来の主張を繰り返す可能性もある。こう報道すれば、それが事実関係に誤りを含んでいるということさえ見破られなければ、(B)と(C)の両面で記者個人の利益にプラスに作用する。

 ちなみに、今でも政府の保育政策が不十分であり、それが少子化の原因であるという主張は、次の二つの事実を説明できない。まず、新エンゼルプランは保育政策を充実させたスウェーデンを模範にしている面があるが、1990年前後、スウェーデンの出生率は一時的上昇し、出生率が2.0を超えたこともあったが、現在では1.5程度まで落ち込んでいる。マスコミ各社はスウェーデンの事例を根拠に公的保育の充実が最も効果的な少子化対策であると宣伝してきたが、出生率は世代人口分布や景気にも大きく左右されることが知られており、それらの報道はスウェーデンのケースの分析を見誤ったものであると評価することもできよう。

 もう一点、注目すべき事実として、アメリカでは保育が公的支援のない自己責任原則で行われているにもかかわらず、出生率が2以上(白人だけで統計をとっても1.8)を維持していることがある。つまり、国家による保育支援がなくとも少子化が回避できている先進国も存在しているのである。

 こららの事例および過去4年間に新エンゼルプランがもたらした結果を無視して、公的保育支援の不足が少子化の最大の原因であると主張し続けるのは、客観性と論理性を欠いた暴論ともいえるが、この主張を続けることで経済的不利益が発生する状況にならない限りは、マスコミ各社はこの種の報道を取りやめることはないと予測する。

本論文の予測を評価するための資料を著者が集めたサイトがありますので、そちらも是非ご参照ください。


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